判定に対する抗議

韓国には「恥」という概念が存在しないというのはこういう意味です。
私の韓国に対する感じ方、ねじ曲がってるのかもしれませんけど、

もう何年も韓国ウォッチャーを続けてきて、今はこういうふうにしか感じられなくなりました。 ショートトラックの例然り、Twitterに脅迫書き込みが殺到したのも然り、闇金相談キムヨナの判定に対する抗議も然り。 オリンピック以外でも、朴槿恵(ぱくくね)大統領の告げ口外交然り。
日本の感覚からすると嫌韓感情を逆なですることばかりですが、彼らの生き方、世界観からしたら当然至極の言動なんですね。
こういうふうにとらえると、韓国人という人種、単純明快、実に分かりやすい人たちだと思いますね。中国人も似たり寄ったりですが、家族や親せき、コミュニティーは大切にするので、その分は、韓国よりもましかもしれませんね。実は「うり」の範囲、変幻自在に大きくなったり小さくなったりします。
地域間で利害が対立すれば、同一地域(小さなコミュニティも同じように考えても良いんじゃないかと思います)の人たち全体が一つの「うり」になりますし、会社間の対立であれば会社全体が一つの「うり」になります。「うりへさ(我が社)」という言葉で言ったら良いのかな。


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