「肯定した」

お前が殺されても「仕方ない」と思えるのか?とか言われそうだが、その場合はたぶん思わない、と思う。まぁ思わなかったからと言ってどうなるものでもないが。

今後の日本にとって最も利得の高い選択は何か?それこそが大事だと思っている。
「否定出来ない」というのは解釈次第では「肯定した」とも取られうる表現だろう。八方美人的な対応は、時に必要かつ有効な事もあるが、時に損をする。
こ の答弁書が日本にとってどう得だと判断されたのか、その理屈を知りたい。 一応言っておくが私は南京事件の「事実性」そのものにも懐疑的な考えを持ってい る。ただひとまずそこを譲ったとしても、日本にとって最も有効な選択が「開き直る事」ならばそうすれば良いとも思っている。
核家族化が進み、親戚の中にもそういう相談できる人が居なくなった。また都会では町内会なんかもなくて、隣が誰だかわからないなんての世の中になって、子供が大人に助けを求める場がなくなったのも問題ですね。そしてそう言う大人は親の面倒も見てくれるんです。


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