抑えときたいと

リメンバー・アラモ 今までのウクライナ情勢を見ていて、
真っ先に思い浮かんだのは、アメリカがメキシコに仕掛けた『テキサス独立戦争』でのアラモ峠の戦いである。

その手段は、簡単に言うと
・アメリカ本土からメキシコに移住者が殺到(ウクライナ[+クリミア]は1991年にロシア〔旧ソ連〕から独立したものの、クリミア半島の住民は 大多数が親ロシア派〔ロシア人〕で、
1992年に一回ウクライナから独立しようとしたが失敗。以降はウクライナ領のままだった。)  

・突然、テキサスにて勝手に『独立宣言』(ウクライナは一応「親ロシア派政権」だったが、「親ロシア派政権」が崩壊してしまった為に、ロシアとし てはせめて住民の60%以上が『ロシア人』のクリミア半島だけでも抑えときたいと考えたのか、もしくは単に『黒海』を抑えときたかっただけなのか。ロシア 軍は「クリミア半島のロシア人の保護」目的で、クリミア半島に侵攻した。)

・そして独立戦争(ロシアは事前に策でも打ってたのか定かでは無いが、クリミア半島ではウクライナ軍があっさりと抑え込まれるという形で、大きな戦闘にはならなかった。)  

・アメリカ大勝利+テキサス共和国がメキシコから独立(クリミア半島がウクライナから独立)  

・そしてテキサス共和国はアメリカと併合(クリミア半島がロシアと併合) この手段と似たような策略を用いてハワイやフィリピンを植民地にしていった。
(ハワイやフィリピンの場合は、現地の貴族や独立運動家に資金や武器の援助を行って、暴動を起こさせて、その後に革命運動家を『粛清』した後にアメリカ軍基地を作り、自分達に服従する『華僑』に現地のあらゆる事業や商売の管理をさせた。)


Categorised as: 未分類


Comments are closed.